水木しげる氏の幸福の七か条

水木しげる氏が亡くなれたというニュースが駆け巡った。
自分にとって、ゲゲゲの鬼太郎は小学生のときにほんとに楽しみに見ていたアニメとして今でも覚えている。

実のところ水木しげるの作品はあまり読んだことはないです。
どちらかというと、はじめて読んだ漫画である火の鳥の影響があまりに大きく、トキワ荘の方々の作品では手塚作品に没頭していたと思います。
これを気にちょっと手を出してみようかと思っています。

今日のニュースがネット上で飛び交う中、「幸福の七か条」というものが目につきました。
その七か条とは以下のものです。

  1. 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
  2. しないではいられないことをし続けなさい。
  3. 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
  4. 好きの力を信じる。
  5. 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
  6. 怠け者になりなさい。
  7. 目に見えない世界を信じる。

これを見て思ったのは、やはり真理というものが1つに集約され、色んな人が言葉を変え同じことを繰り返し伝えいようとしているということでした。これだけみんなが言っていて、それに気がつかないとはお馬鹿ってことになりかねないとも。

水木しげる氏の幸福の七か条

目には目を歯には歯を

目には目を歯には歯を。その先にあるものは・・・。
争いは争いしか生まないって、いつまでたっても学べないものなんですかね。
最近の世の中の情勢を見知って、そう思わざるをえない。

「目には目を歯には歯を」って復讐っていう意味で使われる。確かに、元々の出典である「ハムラビ法典」では確かに復讐の意味なんですけど、聖書では復讐をしてはいけないって意味で使われているのね。

ものすごーい主観のワシの感覚ですけど、今の状況はケンカと同じにしか見えないのです。お互いに認められず、後に引けない状況で殴り合い。そうなると、やっぱり政治家には男はなってはいけないって思っちゃう。だって、力で解決しようとするじゃないですか。

ま、陰謀論的な妄想すると、エリア88的な妄想はできるのですけどね。

我々が学ばないといけないのは、やはり「母性」なのかもしれません。
今までもこれからも、やはり女性のかたには頭は上がりませんね。

目には目を歯には歯を

The Huffington Post:余命わずかと宣告された高校生 同級生にどうしても伝えたかったこと

下記の記事を読んで思ったことは、毎日読んでいるBlogでひたすら言われ続けていることと同じであり。自分にはこれは真理なんだろうなと思わずにはいられない。

生きている限り人生から逃げ出せすことはできません。だから、与えられた機会に感謝し、それを大切にして勇敢に生きて下さい。

精神的に強い人間になるというのは、諦める方が簡単な時に諦めないこと、安易な道がある時にそれを選ばないことです。

未来は僕たちの手の中にあるのです。遠い将来に目標を定めて生きるのではなく、今できる目標に向かって情熱を傾けましょう。大きな野心より小さな野心を持ちましょう。目の前にあることに、誇りを持って取り組もう。それがどういう形になるのか、いつ形になるかはわかりません。

The Huffington Post:余命わずかと宣告された高校生 同級生にどうしても伝えたかったこと

仕事と心の成長?

今現在、まぁそれはそれは仕事が忙しい。そんな状況が異常だとは思う。今で言うところ、社畜とか言われても仕方がないところだ。
でも、当の本人がそう思ってなかったら、それでも社畜となるのだろうか?ま、そうなれば今度は洗脳されていると言われるのだろう。

今携わっているプロジェクトは、今まで関わった中でも突出して酷い。あまりに理不尽で、当たり前のことがまったくできておらず、ほんとに無茶苦茶だ。
しかし、そういう状況を経験することにより、自分の懐は大きくなっているように感じるのも事実だ。昔だったら、とっくにキレていたようなことも、飲み込んだうえでどうすればいいか?を考えている自分に気がつくこともある。
自分の場合は仕事という形で学んでいるけど、それは人によって色んな形で経験していると思う。

心や魂の成長という観点でみれば、間違った方向には進んでいなくもないように感じてる(ま、間違ってたら正せばいいし)。それを洗脳という言葉で置き換えることもできるかもしれないけど、そうやって皆が大らかな心を持つことができるのであれば、それはそれでいいんじゃない?って思う。

ま、家族に迷惑をかけ、心配までさせてしまっているので、手放しで肯定することはできないんだけど。。目下大きな課題だ。

仕事と心の成長?

キャリアのわらしべ長者理論

ネーミングからすると何とも胡散臭い理論であるw
しかし、普段そんなこと考えて行動してなかったけど、
なるほどねぇっと思ったので。

とにもかくにも、下記の記事を読んでいただきたい。

※一部抜粋
「仕事はできるだけやりたくない」「同じ給料なら楽をしたい」では、コツコツやる人と数年後に大きな差がつきます。忙しいからと仕事を断らず、どんどん引き受けることで、小さな仕事の成果が信用を呼び、いつしか大きな仕事を任されるようになります。「わらしべ長者」の主人公のように成り上がりましょう。

どんな仕事でも関係するとは思います。自分の場合、仕事を頼まれたときは無理なことでも引き受けていくことで、自分の成長も実感できている。その結果、次から次へ難題を任されてきていたりもするので(正直、キツイし、今のところたまたまうまくいっているだけというオチもあるかもしれませんがw)、本理論がうまい表現だなぁっと思ったわけです。

ま、自分の性格上、追い込まれないと頑張らないし、力も発揮しないことを知っているので、自ら追い込むように仕向けるようにはしてきていました(ワシの座右の銘の一つが「苦労は買ってでもしろ」なので(´▽`*)アハハ)。これからもそうすると思います。だって、たいして苦労も必要のない仕事ばっかりしてても、自分の限界ギリギリのところで頑張る必要がないから、成長することって無いと思うんですよね。成長する必要ないのだとしたら、それって死んでるのとかわんなくねー?とも思ったり。

また、逃げて(ちょっと言い方が悪いかもしれませんが)ばかりいたら、後で自分が困ることになることも分かっているからかもしれません。逃げてしまう人は、それによって自分が困るということを認識してないような気がしてならないんだけど、どうなんでしょうね。

ビジネスをする上で当たり前のことですけど、信用とか信頼関係って重要なんですよね。だから、コツコツとこなして信用を得ていかないといけない。信用は1日で得られるようなもんじゃないですから。その代り、失うときは一瞬ですけどね。。ま、ずっと失敗してれば話は別ですけど結果がどうであれ、それに対してどういうプロセスを経ていたかは誰かが見てるもんですから全部が全部失うようなことはないと、信じたい。

とはいっても、たまにはボンヤリしたいもんだ(;´Д`)

キャリアのわらしべ長者理論

占星術と課長

先週、カミさんの主催するまんまる屋にて占星術の講座があり、
そのときにワシのホロスコープも一緒に見てもらっていた。
その中でももっとも「なるほどぉ」と身にしみて思わされたは、「なんでもやるといって引き受けてしまい、そのせいで常に忙しい」という星の下に生まれているということ。思い当たる節が・・・あまりにあり過ぎる(´ヘ`;)
ついつい、突っ込まなくてもいいところに首を突っ込み、やりたくなくても「やります」と言ってしまう。確かにそうかもしれない。。色んな方に迷惑や嫌な思いをさせていることでしょう。。。

そんな話をしていて「ワシの上司の課長もそうなんだよねぇ」みたいなことを言っていたら、
「課長の誕生日を聞いてみたら?」とカミさんに言われていた。

そして今日。

ワシと課長と1こ下の後輩とで、終電で帰る際の会話。

課長:何でこんなに忙しいんだろう。
ワシ:そうですねぇ~何でですかねぇ~
課長:ほんと会社やめよっかなぁ(いつもの口癖w)
ワシ:そういえばカミさんが家で色々やっていて、最近占星術の講座をやったらしいんですよ。
課長:なにそれっ?(興味無い感じ)
後輩:あぁ、占星術ってちょっと勉強してみたいんですよねぇ~
ワシ:自分はどうも、何でも引き受けちゃって、そのせいで常に忙しくなる性分らしいんですよ。
課長:へぇ~そうなんだ。
ワシ:課長の星座ってなんですか?
課長:え?俺?てんびん座だけど。
ワシ:(苦笑)自分もそうなんですよ。一緒ですよ。
課長:え?何月何日生まれ?
ワシ:×月×日
課長:俺は○月○日。
後輩:えっ!!?今なんていいました?
課長:だから、○月○日だって。
後輩:いや、自分も○月○日(課長と一緒)なんですけど。
ワシ:みんなてんびん座で、みんな忙しいしw 仕方ないのかもしれないですねww

実際、課長はやさしいというか人がいいというか、何から何まで抱えていつも死ぬほど忙しくしている。後輩も年間の残業時間が800時間を超えようとしていて、そろそろ残業制限をかけないとまずい状況。
占星術的にてんびん座だからそういう気質か?といわれると、その点だけワシの頭の中にインプットされている可能性もあるので、まったくもって違うことを言っているかもしれないので、あまりに鵜呑みにはしないでください。

でもね。何なのでしょう?この偶然??(必然?)
なんか、何も気がつかないで生かされているのかなぁっと思うわけです。
さすがに笑うしかなかった(´▽`*)

占星術と課長

デスマーチ

デスマーチ(death march)とは、戦時に苛烈な状況で行われる、健康や生命をかえりみない行進、行軍のこと。
ソフトウェア産業において、デスマーチとは、長時間の残業・徹夜・頻繁な休日出勤といった、プロジェクトメンバーに極端な負荷を強い、しかも成功の可能性が薄いプロジェクトを主に指す。プロジェクトが死に向かって過酷な状況でメンバーが行進する、という意味で「デスマーチ」と呼ばれる。

ワシの今かかわっているプロジェクトはまさに佳境を迎えている。おおむね問題はないのだが・・・特定の機能にてデスマーチ状態。その機能にかかわっている人間は同じチームの仲間であり、ずっと頑張って自分の責任範囲は問題なくこなした。

しかしだ、できる人間というのは不幸である。そう、楽をすることは許されないのだ。当然ながら、他のトラぶった機能を任されることになる。つまり、それが上記の特定の機能。

他人が作ったコードを見ることほど、しんどいことはない。コードも酷いもんらしく、不具合の対策をしようにも影響範囲もわかるわけがないので、パッチを当てるほか対処のしようがない。この作業のワシのイメージは「不発弾が埋まっているとわかっているのだが、取り除くのが困難なので慎重にコンクリートで埋めている」・・・そんな感じだ。

わかりきってはいるが、根本的には解決しない。しかし、エンドは目前だから根本から解決する踏ん切りがつかないという悪循環。決断が迫られている。

そんな状況を見ていて、ふと思った。

もっとマクロな視点で見てみると、この状況は我々人類が直面している環境問題に重なる。我々人類はまさにデスマーチの真っただ中にいるのかもしれない。

デスマーチ